韓国徴用工裁判(2018.10.30)に関するコラム
2018年10月30日、韓国の大法院(日本の最高裁に相当する。)は、韓国人の元徴用工4人が損害賠償を求めた訴訟において日本企業の責任を認める判決を出し、韓国内外の注目を集めた。本件は日韓の政治・外交問題へと発展しつつあるが、本稿においては、その背景や韓国国内の反応について簡単に紹介したい。
2012年5月24日に大法院は、日本企業を相手とする徴用工裁判2件について原告の請求を棄却した一審・二審判決を覆し、高等法院に差し戻した。翌2013年に行われた高等法院の差戻し審においては、原告の請求を認める旨の判決が下された。これに対し被告である日本企業は上告したが、その後今年7月に入り上告審が再開されるまでの5年間、この裁判は事実上放置されていた。
今回の判決に至った動きの背景には、今年に入り発覚した前政権による司法介入疑惑が関係しているとする見方がある。この疑惑の発端は約5年前に遡る。
今年7月の審理再開と時期を同じくして、検察は2013年に法院行政処が作成したとみられる文書を押収した。押収された文書には、裁判官の海外派遣とこの裁判の延期を大統領府と取引した、いわゆる「裁判取引」があった旨の記載があったとされ、司法介入疑惑が浮上したのである。その後、検察は「裁判取引」に関与したと考えられる外交部に対し家宅捜索を行い、また、法院関係者らに対する調査等も現在進行中である。
今回の判決に対する韓国内の評価を知るために、新聞、テレビ、SNS等の媒体手段を中心に分析を行ったところ、その反応は様々であった。
事前に予想されていた通り、純粋に長い裁判の末に勝訴を勝ち取った事実を喜ぶ声や、歴史的に見て当然の判決だと見る評価が多数を占めた。しかし、今回はこれまでの日韓問題を巡る反応とは異なり、日本に対するものよりも、韓国政府に焦点をあてた評価も目立った。例えば、「裁判取引」のせいで何人かの原告が裁判結果を見届けることなく亡くなってしまったと批判する声や、このことを含め、前政権が残した負の遺産の尻拭いを現政権がしている(現政権の支持者の立場からは「積弊清算」と呼ばれる。)といった前政権に対する非難の声、司法が政権に左右されることを疑問視する声もあった。このほかにも、現実的に賠償金が支払われる可能性が低いとされる中での今回の判決の意義を問う意見もあった。
もっとも、今回のニュースは、韓国よりも日本でより大きく取り上げられているように感じられる。韓国メディアの報道やインターネット上のコメント数などを見ると、実際のところ、韓国民の関心は必ずしも高くなく、この判決からわずか2日後には、同じ大法院において全員合議体により行われた、より身近な話題でもある良心的兵役拒否者を無罪とした判決に移行したように思われる。
この判決の2日後、今回の裁判で全員合議体裁判の主審を勤めた裁判官の一人が6年の任期を終えて退官した。その退任式で、彼女は、「司法府はこれまでにない非常に困難かつ大変な状況に直面している。」「この困難を克服し、国民からの信頼を取り戻すためには、司法に携わる者の相互間の信頼と調和が必要だと思う。」と、現在の司法府を取り巻く状況を遺憾とする感想を述べた。
彼女が遺憾だとするもう一つの理由は、未だに彼女の後任が決まっていないことにある。大法院の裁判官を任命する過程においては、国会で与党・野党による人事聴聞特別委員会を開くことになっているが、その委員会を構成する野党側の委員が選出されていないため、任命が遅れているというのだ。また、最近では、上記の「裁判取引」の事実関係を調査するために、立法府に「特別裁判部」を設置しようという動きがある。しかし、これを巡り、与党・野党等からは「司法府に対する立法府の介入だ」「憲法違反だ」といった反対意見があり、現在も議論が続けられている。
今回の判決に対し、大統領や外交部は「法院の判決を尊重する」としているが、国会を含めて混沌とした状況にあるためか、判決から一週間が経過した2018年11月6日現在、具体的な対応方針は発表されていない。
判例要旨の訳文はこちらからご覧ください。